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紅茶とお菓子について書いているほっこりブログです

インターネットの祟り神とは何か?

Web ネタ 雑文


祟り神(たたりがみ)は、荒御霊であり畏怖され忌避されるものであるが、手厚く祀りあげることで強力な守護神となると信仰される神々である。また、恩恵をうけるも災厄がふりかかるも信仰次第とされる。
Wikipediaより

場科田大学人文学部の公開講座「ネット界の祟り神」に参加した。
講師はインターネット民俗学の第一人者 禿田禿蔵教授。

場科田大学の学園祭にあわせた公開講座だ。
私は30分ほど遅刻したため、禿田先生の講義はもう後半にさしかかっていた。参加者は思ったより少なく20人ほどで、入り口で資料をもらい、黒板がよく見える席に着いた。

「ネットには疫病神、貧乏神、山の神、死神、鬼神、トイレの神様もいますが、最も注意するのは祟り神です」

マイクを持った禿田先生はそうつぶやいた。板書を見る限り、前半は一般的な「祟り神」について解説していたようで、私が聞きたかったネットの祟り神についてはこれから紹介するようだ。

「ネットの祟り神も荒御霊(あらみたま)の側面が強いですが、ネットをさらに『混沌化』させる傾向があります。

古(いにしへ)に天地(あめつち)未だ剖(わか)れず、陰陽(めを)分れざりしとき、渾沌(まろか)れたること鶏子(とりのこ)の如くして、溟(ほのか)にして牙(きざし)を含(ふふ)めり。

これは日本書紀の有名な冒頭ですが、彼らはこのような状況を好み、そのようにしたいと望みます。天地を、陰陽を統合するような可燃の材料を常に彼らは探しています。より強い祟り神は、何もしなくても周りから燃料情報、燃料そのものが、勝手に送られてくるのです。そして、彼らの気分次第で、それらの燃料をターゲットにバラまき、火を放ち、蹴飛ばすのです」

禿田先生は、祟られたネットユーザーの実例をプロジェクターに映し出したが、それはそれは酷いものであった。

「ネットの祟り神の力は非常に強力です。その力を上手に使えば注目を集めることができますが、祟り神に気に入られてしまうと、骨の髄まで真っ白な灰にされてしまいます。気に入られる……何かしらのウイークポイントを持っているとそこにガソリンを注ぎこまれて着火されるのです。
彼らの恐ろしいことは、燃やす際に「大義」や「道義」があるのです。本質的には大きな炎を見たい、混沌かさせたいだけなのですが、ソレを正当化する力を使って、オーディエンスの目をくらませるのです。
本来の祟り神は、手厚く祀れば強力な守護神となるのですが、ネットの祟り神は気まぐれです。彼らは常にターゲットに目を光らせているので、おもしろ半分に近づくと被害を受けてしまいます」

禿田先生は、マイクを置き、水差しからコップに注ぎ、ゴクリと飲んだ。その左手だけ黒い革手袋をはめていた。

「よく質問されるのが、「ネットの祟り神と上手に付き合いたい」というものです。その気持ちはよくわかるのですが、できる限り近づかないのが吉です。利用するつもりが利用されてしまう……魅入られて地獄に落ちてしまう。本来ならば判明しなかった闇が暴かれてしまう。などなど、幸せになった例より、不幸になった事例ばかりです。恐ろしいことです」

マイクを右手から左手持ち直して続ける。

「ネットの祟り神は消えることはありません。確かに個々の祟り神は消滅することはあるでしょう。しかし、すぐに新しい祟り神が出現します。彼らは、インターネットユーザーひとり一人の黒い心から生み出された存在なのです。いくらが祟り神がガソリンをバラまき、火を付けたところで、オーディエンスが一人もいなければその行為・存在は無力なのです。しかし、天高く燃え上がる炎を見に、たくさんの人がやってくるため、祟り神は存在するのです」

禿田先生の左手はネットの業火に焼かれたので手袋で隠している、いや、手袋を外すと祟り神がでてくるのでは? など興味深い噂がある。すでに講義は終わり、質疑応答の時間になっていたので、「先生はなぜ手袋をはめているのですか?」という質問をしたかった。が、それこそ祟り神がやってきても困るので、他の人間から発せられる質問を静かに聞いてた。