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紅茶とお菓子について書いているほっこりブログです

カッコウの子はやっぱりカッコウ



うむむむ。
・今までにあった修羅場を語れ【その16】

485 :名無しさん@おーぷん :2016/02/08(月)23:25:18 ID:Jve
カッコウの子は所詮カッコウなんだと思い知ったのが修羅場。
長い上に胸糞系。
私が中学に入った年に父親が若い女と浮気して男の子を生ませた。
跡継ぎ作れと時代錯誤なことを繰り返していた祖父母は異母弟を産んだ女を歓迎し、私たち姉妹と母を追い出して浮気相手を後妻に迎えようとした。
私たち姉妹の養育費を確保するために母は慰謝料を父親と不倫相手に要求し、相手方の親が払ったらしいけど、生まれた子を置いて不倫相手はどこかへ消えた。
残ったのは赤ちゃんだった異母弟。
父方の祖父母は今でいうパチンカスで両親の仕送りで生活している有様だったから赤ちゃんを育てるのはハナから無理で、育児の手ほしさなのか父は再構築を願い出た。
父が再構築を願い出てきた時、母は迷った末に了承。
母が再構築を受け入れた理由には、おそらく私たち姉妹の学費の捻出があったんだと思う。
(当時私が中学1年、妹は小学5年生。どちらも私立に通っていたし、付属だったからそのまま進学するつもりでいた。)
それまで専業主婦だった40前の主婦が働きに出ても私たち姉妹の学費にはとても足りず、母方の祖父母はすでに年金暮らしで経済的には頼れなかった。
慰謝料を分割にしても父はおそらく払わないと想像がついた。
男の子が生まれた途端に「いらない」と言われた私たち姉妹を父の元に残して離婚するわけにもいかず、母は再構築を受け入れたんだと思う。
この一連も修羅場と言えば修羅場だけど割愛する。
異母弟を育てることになって、反発した私たち姉妹を「自分より弱い命を苛めるような情けない人間にはならないで」と母は繰り返し言った。
内心腸が煮えくり返っていただろうに、母の異母弟に向ける態度は私たち姉妹に向けるものと同じで、母を見ているうちに私たち姉妹も異母弟を可愛いと思うようになった。
異母弟が中学の半ばに差し掛かるまでは仲のいい姉弟だったと思う。
異母弟が中学の半ばになったとき、父親の浮気相手だった女がふらりとやってきてそこから異母弟がおかしくなりだした。
そのころ私と妹はすでに成人して家を出ており、私は双子妊娠中だった。
後日母や異母弟から聞いた話をまとめると、・浮気相手だった女は私母に産んだ息子を取り上げられた。
・会うことすら認めてもらえなくて、会ったらまだ赤ちゃんだった弟を川に投げ捨てると脅された。
・私とお父さんは出会う順番が遅かっただけで、愛し合っていたのに母が嫌がらせをして引き裂いた。
的なことを浮気相手は異母弟に吹き込んだらしい。
異母弟は母が実の母親じゃないとそのころには知っていた。
(お節介な父方の親族が何かの際にリークした。)
それですっかり実の母親の言うことを真に受けて、母に暴言やDⅤを繰り返すようになった。
それを止めもせず、父は加担したらしい。そこに浮気相手だった女まで混じっていたと聞いたときに、夫が止めてくれなければ私は確実に殺人犯になったと思う。
きっかけは経済面でも再構築しているうちに母は父を許していたのに、自分が外で作った子を14年も愛情いっぱいに育てた母にどうしてそんな仕打ちができたのか。
今でも父と異母弟が信じられない。
ごめんなさい。
入りきらなかったので分割します。

486 :名無しさん@おーぷん :2016/02/08(月)23:27:56 ID:Jve
お嫁に行った私や、海外で働いていた妹に心配をかけまいと母はただ耐えていた。
発覚したのは、私が里帰り出産を母に打診した時。
言葉を濁した母は、私が実家に戻ってくるのをどうにか阻止しようとしているようだった。
電話で何か遭ったの?って何度聞いても母は「ちょっと貧血なだけ」とか、「最近ちょっと疲れが溜まっていて年かしらね」とはぐらかすばかりで言わなかった。
不審に思って異母弟に連絡したら、別人かっていうくらい言葉遣いが荒れていて、私が「母さんあんまり体調がよくないみたいだから、ムリさせないで休ませてね」と言ったら返答は「あんな女、どうなったって別にいいし」という耳を疑うものだった。
その時に母は実家でひどい目に遭っていると漠然と察した。
実家の近所にも電話をかけて、そこで荒れた異母弟と父が母にDⅤを繰り返していて、近所でも問題になっていると聞かされた。
駆けつけようとした私を、夫と良トメさんに止められた。
その頃には落ち着いていたけど、私は双子の出産を控えた妊婦で、行って取り返しのつかないことになったらどうするんだと説得された。
私の代わりに、夫と良ウトメさんが実家に行ってくれることになった。
(高速を使って三時間の距離)
良ウトさんは現場系の仕事を自営でされていて、もしもに備えて体格のいい若いのを何人か連れて行くと出かけて行った。
8時間後、私はボロボロになった母と再会した。
母のあまりのやつれ具合に私は言葉が出なかった。
見えないところに殴られた後がいくつもあって、つやつやで量も多かった髪はすっかり抜けてしまっていて艶もなくなってた。
年齢相応にふっくらしていたのにすごく痩せていた。
夫とウトメさんは母を見るなり想像以上のDⅤだと察したようで、問答無用で母を連れ出し、病院に連れて行ったあとで連れ帰ってくれた。
(父と異母弟は厳つい群れを引き連れた(内面はみなさん気のいい方々です)ウトと夫に恐れをなしたのか悶着は何もなかったらしい。)
病院で診断書をもらってきてくれたので、私の学生時代からの友人に法律関係の仕事をしている人がいるので、そのツテでDⅤや離婚に強い弁護士を相談してもらった。
結果、父と浮気相手は檻の中。
(DⅤのほかに、父と浮気相手は母に多額の生命保険をかけていて、母を事故に見せかけて殺そうとしたことが何度かあったと後からわかった。)
実の父親を刑務所に入れるのかって父は吠えたけど、浮気相手と結託して母を殺そうとした男のことなんか知ったことじゃないと突っぱねた。異母弟も同罪。
二人が逮捕されるなりオロオロしはじめた異母弟がすり寄ってこようとしたけど、もう可愛いとは思えなかった。
その時に散々上に書いた実母から聞かされたことを言って、騙されただけだと訴えたのが滑稽だった。
中学2年にもなって、何が本当のことかわからないほど馬鹿なのかと思ったら殺意が湧いたよ。
「あんたが熱を出して寝込んだときに看病してくれたのはだれだ?
毎日ごはんを作って、偏食がないように育てたのは?
あんたが浮気相手の子だってことはみんな知ってた。
それでも、母さんはあんたを私やH(妹)と同じように育てた。
それを産んだだけの女にちょっと何か言われただけで自分カワイソウ?
ふざけんな。カッコウの子は所詮カッコウか。実の母親が出所してくるのを待てば?
カッコウはカッコウと暮らせ」
どうしてもこれだけは言わずにいられなくて、言っているうちに興奮して私は病院送りになった。
異母弟は逆上したけど、見た目岩の私夫(元ラガーマン)が壁のように立ちはだかったから何もできなかった。
まだ中学2年だし、施設行きだろうと思ったけど知ったことじゃない。
また続きます。
あと一つで終わります。

487 :名無しさん@おーぷん :2016/02/08(月)23:29:18 ID:Jve
あの父と浮気相手と異母弟がそれからどうしているのかは知らない。
母はしばらく心神耗弱で入院したけど、幸い今は元気になった。
同居を持ちかけても「娘に早々に甘えるとボケる」と言って聞いてくれず、「孫たちに何か買ってあげたいのよ」ってあんまり身体も強くないのにパートをしだしたから心配していた。
その母が、何と最近になって再婚相手を連れて来たので記念にカキコした。
お相手は母と同じ50代前半の男性。
少し話しただけだけど、縁側でお茶飲んでそうな感じの人。
お互い再婚だし、若い時のような情熱はないけどと言いつつ母は嬉しそう。
幸せになる呪いってやつがもしあるのなら、全力で呪っておく。

500 :名無しさん@おーぷん :2016/02/09(火)03:46:40 ID:w1v
485の者です。
沢山の書き込みをありがとうございます。
夫を仕事に送り出したので覗きに来ました。
文章の中にフェイクも兼ねてぼかした部分もあるのですが、逆に伝わりにくくなってしまったようなので補足します。
少しお時間をください。

502 :名無しさん@おーぷん :2016/02/09(火)04:32:00 ID:w1v
フェイクした部分①
車で高速を使って片道三時間→夏場であれば。
冬季は道中の路面が凍るので通いなれていない人は半日を要します。
実際は母に再会できたのは8時間後ではなく翌日の昼過ぎでした。
8時間後は夫たちが母を病院に連れて行ってくれた時間です。
夕方過ぎにこちらを出て、着いたのは翌朝。
父と異母弟と浮気相手は留守。
母は外から鍵がかかるプレハブ小屋の中に閉じ込められていました。
その日は私の地元は雪こそ降っていませんでしたが、相当気温が低く保護してくれたとき母は凍死していないのが不思議な状態だったそうです。
地元出身で寒い場所での対処法を知っている母でなければ間違いなく死んでいたと思います。
知らせを受けた私を一人で地元まで行かせるのは危ないと、お義姉さんが付き添ってくださって病院に駆けつけました。
母は見えないところを日常的に殴られており、体には痣が沢山できていました。
フェイクした部分②
父と浮気相手が逮捕されるまで。
母に対する監禁と暴行、生命保険狙いの殺人未遂だけではなく、浮気相手の方は余罪がありました。
傷害と詐欺で過去にも檻の中にお世話になったようで、執行猶予もつかず逆戻りしました。
積極的に加担していたので異母弟も収監されたのですが、未成年で更生の余地もあるだろうと実刑はつきませんでした。
ただし私も妹も身元を引き受ける気は毛頭なく、両親揃って刑務所行きなので施設に送られることになりました。
その時のやりとりはだいぶはしょりました。
異母弟の主張のなかには私の子を殺す的なことが含まれていて、私夫に言いかえされて黙りました。
(子供が生まれるから引き取り拒否、学費を出さないと思ったようです)
「殺しにくるのなら、殺される覚悟をしろよ。
嫁さんと子供を殺されたら、お前がどこにいても殺しに行くからな」
先ほど言った通り、夫は岩みたいな厳つい男です。
これで黙りました。
母の件を知らせるなり妹は海外から飛んで戻り、この時は妹も同席していました。
「あんたが殺そうとしたのは私と姉のお母さんなの。
実のお母さんを殺されかけた私たちが、殺そうとした相手の学費を払うと思う?
あんた、泣いてやめてくれって言ったお母さんの髪の毛をつかんで引きずり回したって?
赤ちゃんだったあんたに、お母さんは一度もそんなことはしなかったし、私たちにもさせなかったのにね」
妹がこう言った時に、異母弟が引き取られてきた直後を思い出しました。
当時はまだ私たちも思春期で、最初から異母弟を可愛いと思えたわけではないです。
憎たらしいと思ったこともあるし、おむつを替えてやるのも嫌だった。
けど接しているうちに情がわいて、母の言葉もあって何度か反発したものの可愛いと思えるようになった。
私と妹が反発するたびに母は何度でも私たちと向き合ってくれました。
当時のことを思い出して、妹と二人で泣きました。
「本当ならあんたも刑務所行き。
あんたが被害者じゃないことは馬鹿じゃなければわかる。
でもまだ子供だから世間様の温情で実刑がつかなかっただけ。
それを逆恨みするのか、更生するのかはあんた次第」
妹が言ったこの言葉の意味を、あの異母弟がきちんと理解してくれればと思います。