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紅茶とお菓子について書いているほっこりブログです

批判的な意見はだいたい100%当たっている

Webマガジン「灯台もと暮らし」の中の人である鳥井 弘文氏。彼のブログ「隠居系男子」に、「批判的な意見を見つけたときの心構え。」というエントリーがあがっており、面白かった。
暮しの手帖の元編集長松浦弥太郎氏が書いた「もし僕がいま25歳なら、こんな50のやりたいことがある。」の本の紹介し、批判を受けたときの対応について書いてある。
鳥井氏のエントリーからの孫引きになるけれど、「もし僕がいま25歳なら、こんな50のやりたいことがある。」の「21/50 決して争わない」の項目は大変興味深い。

「批判的な意見は、だいたい100パーセント当たっている。」


敵と味方というとおおげさですが、自分とは反対意見の人は必ず存在します。彼らが自分に対してもっている意見は、ほぼまちがいなく当たっていると覚えておいたほうがいい。


逆に、味方の意見はだいたい正しくないのです。敵は思いもよらない角度から僕を具体的に分析しているしドライに見ています。耳に痛い批判や意見こそ、真実であり、当たっているものです。


たとえば誰かのブログで、「松浦さんの、ここがきらい」と書かれていれば、だいたい100パーセント当たっています。自分からあえて批判を探すようなことはしませんが、目にふれることがあれば、「これは正しい指摘。発見だ!」と受けとめて、ありがたいものだと感謝します。


もちろん人間ですから、落ちこんだり、がっくりすることもありますが、わるく言ってくれる人がいるということは、逆にほめてくれる人もいるのだと、考えるように努めます。それに、誰にも関心ももたれず、なにも言われないほうが寂しい、という気もするのです。

鳥井氏は、「ネットの批判の声は無視するのが良い」という考えが間違っていると述べた上で、次のように指摘している。

しかし、どんなに批判をされてもそれらをひたすら無視し続けて、自分の取り巻きが「そうだそうだ!」と援護してくれる中で、その声に煽られて表現し続けることのほうが、よっぽど怖いことだと僕は思います。

個人的には、どうみてもイケダハヤト氏の批判にしか読めません。案の定、リコピン先輩はTwitterで反応していました。ちなみに、イケダハヤト氏は、鳥井氏のことを高く評価しておりトマト王国(=高知)で実際にあっています。ソレを踏まえた上で以下のツイートを読んでみましょう。

イケダハヤト氏の大きな欠陥は「真っ当な批判と罵詈雑言の区別ができない」点です。塩を舐めて「甘い」と言っちゃう人なんです。本人は強がって「先進的な作品は、同時代の人間に評価できない」なんて、エラそーに発言していますが、これは味覚音痴の戯言です。判断する力がない人間は、それを参考にして自分の悪いところを修正するなんて不可能なわけです。だからこそ、彼は尊師と呼ばれ、トンチンカンな発言をし、頭の弱い若者を迷わし、ウォッチ対象となるわけです。

松浦弥太郎氏の発言は正しい。耳の痛い発言は確かに読んでいて嫌な気持ちになりますが、批判的な意見に真摯に向かうか、無視するかで、その人の成長は変わってきます。イケダハヤト氏を見ると、反面教師としてそれを教えてくれますね。

個人的には、批判を参考にする、素直に向き合うことは大切ですが、それに盲目的に従うことはNGです。このデリケートな違いがキモなんだけど、リコピン先輩は永久にわからないだろうな〜