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紅茶とお菓子について書いているほっこりブログです

過干渉の母と被害者の姉



以前、似たような話を読んだような……
・今までにあった修羅場を語れ【その15】

166 :名無しさん@おーぷん :2015/12/14(月)17:07:42 ID:Tev
ずっと母のこと自尊心の高い人だと思ってた
「一人の男に愛された経験もない癖に」「結婚して子供を産んだ時点で私は勝ち馬に乗ってるから」
などドラマみたいなセリフを度々言ってた
本当は自尊心の低い人だったんだわ
自分を誇れないから「女である」っていう女であれば誰もが持っている点で男から評価されて喜ぶことでしか自尊心を保てない人
男の評価に拘る母は女の人をメチャクチャ嫌っていた
テレビに芸能人が映ると必ず「整形」「不倫」と悪口を言う
女の人が道を歩いてるとわざとぶつかろうとする&足を蹴っ飛ばす(男の人には会釈して笑顔で道譲ってたからわざとだと思う)
車椅子とか杖とか補聴器とか分かりやすい障碍者の女の人には聞こえるような声で「ビ○コ」みたいな差別用語を言ってた
特に用もないのに化粧品コーナーを歩いて「ブスのくせに化粧して気合入れて無意味www」
横を歩いてる私は小さい時から申し訳なさでいっぱいだった
女の人に対する母の憎悪の矛先は姉と私にも向いた
最初に顔面グーで殴られた時のは3歳の時だったかな
物心付いたのがそのぐらいだったから本当はもっと昔から殴られてたかも
殴る蹴る程度ならまだ耐えれたけど、熱したフライパンを顔に近付けられるとかベランダに連れて行かれて「悔しけりゃ飛び降りてみろよどうせ死ねない癖に」とか死の危機に晒されるのは流石に堪えた
今でも料理はIHじゃないと心臓が苦しくなる
私たちが大きくなって肉体的な支配が無理になると母は過干渉に走った
学校は毎日母が送り迎えして友達との登下校&放課後の遊びを禁止
友達との会話なんか見られた日には名前を言うまでご飯お預け
連絡網から電話されて、もううちの子供とは喋らせないで下さい的なことを言われた
宿題を捨てられて先生に説教された
基本的に学校以外で外に出られることは許されなかった
携帯は与えられたけどメール含めたSNSは全面禁止だったしたまに母のチェックが入るのであまり使わなかった
服も髪型も下着も母に指定された
「悔しけりゃ小遣いやバイトで買え」って言われたけど小中と小遣いなし&高校生になっても1000円とかそんな状態じゃ服や美容院の余裕なんてなく
案の定ヒョウ柄とか全身黄色とかダサい服しか買ってもらえなかった

169 :名無しさん@おーぷん :2015/12/14(月)17:08:57 ID:Tev
ただ、姉が中学生になって&中学校から別の学校に通うようになって姉の送り迎えに気を取られるようになってから私は割と自由になった
窓からこっそり外にも出られるようになった
姉には本当に申し訳ないんだけど姉に監視の目が向いてることが増えてから友達と遊べるようになった
同情してくれてお茶代を奢ってくれる友人、どうしても辛くなったら色々と手を貸すって仰ってくれた担任、服のお下がりをくれた先輩、泣く私の背中を撫でてくれたカウンセラー
私は本当に周囲の人に恵まれたと思う
だけど可哀想にいつまで経っても母の執着から逃れられず高校生になっても門限5時を強いられて、家事や家業まで押し付けられて、そんな状況なのにテストで一定以上の点数を取らないと母に2時間ぐらい説教される姉は侘しい青春を過ごしていた
友達も趣味も作れずすっかりコミュ障になってしまった姉の興味はアニメとかオタク趣味に向かった
もちろんツイッターとかアニメゲーム禁止だしピクシブに絵を載せたりイベントに出かけるのも同人誌買うのも無理だったから、そのたった一つの趣味も楽しめなかったと思う
ここからやっと本題の修羅場なんだけど、ある日いつもみたいに屋根を伝ってこっそり窓から帰宅すると母の部屋から怒鳴り声が聞こえてきた
見てびっくり。母の洋服がビリビリにされて化粧品は床にぶちまけられていた
金切声をあげる母から姉を話して部屋に招き入れて、泣いてて要領得ない説明だったけど大まかなことを聞いた
あいつは無意味に私を縛ったから私も無意味にあいつを苦しめることにした
趣味を否定されたから趣味を否定し返しただけ
後から聞いたけど母の本とか卒アルとか携帯とか、母のありとあらゆる私物を破壊したらしい
それから姉が高校卒業して出ていくまで姉と母のノーガード戦法は続いた
瞬く間に姉と母の私物はなくなった
お皿とかコップもなくなった
いつも何かが割れたり破れたりする音が聞こえてきた
ここまで書いておいて悪いんだけどもう思い出したくなくなってきた
ここまでしか書けそうにないですごめんなさい