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紅茶とお菓子について書いているほっこりブログです

遺産相続で知った真実

メンバーと設定が凄いな。
・今までにあった修羅場を語れ【その4】

37 :名無しさん@おーぷん :2014/07/25(金)12:31:54 ID:o4Wq5pcs1
誰も書いていないようなので書かせてもらいます。
俺…40歳 会社員
姉1…56歳 医者
姉2…55歳 弁護士
姉3…53歳 公認会計士
今年の頭に80歳で母親が死んだ。母は、ここ3年ほど心臓が悪くて入退院を繰り返していたが、俺の嫁と母はあまり合わないようだったので、ほとんど見舞いに行くこともなく、母の面倒は
姉たちが見ていた。そうはいっても、もともとしっかり者だった母なので、一人で実家に
住み続けてた。
俺の姉は3人とも優秀で、3人とも旧帝を出て一番下の姉以外は独身だ。
俺の家は地元に行けば知らない人はいないくらいの商売をしていて、本家筋になる。
俺はいつもきちきちとした母が苦手で、その母に一番似ていた姉1も苦手だった。
姉3人とは別に仲は悪くなかったが、仲がいいってほどでもなかった。
年が離れていたせいもあり、勉強は教えてもらうことはあったが遊んでもらうことはほとんどなかった。
特に一番上の姉は、「きちんと勉強してしっかりした仕事につきなさい。」とよく言われていた。

38 :名無しさん@おーぷん :2014/07/25(金)12:32:24 ID:o4Wq5pcs1
俺が小さいころ、父方の祖母がまだ生きていて俺は良くかわいがられていたけど、今から思えば
姉たちは祖母とは口も利かないような感じだった。
そして今年の頭になって、母が危篤だとの連絡がきた。
あわてて病院に行ったけどもう母親の意識はなかった。そのまま昏睡状態が2日ほど続き亡くなった。
俺は今までも母のことは姉たち任せだったし、死ぬ前に言葉すら交わせなくて申し訳ないと泣いた。
姉たちは3人ともあんまり泣いてなかった。
俺は自分が喪主になるつもりで、姉たちにどうすればいいかを訊いた。すると一番上の姉が、「あんたは何もしなくていいから。喪主はわたしがする。お母さんだって私たちのうちの誰かにやってもらいたいと思うから。」
といった。その時俺は、母親と自分の妻の関係があまり良くなくて、実家と疎遠になってたせいで、姉たちがおれたち夫婦に怒ってるんだなぐらいに考えていた。
母の葬儀は本当に立派だった。親父の葬儀よりもたくさんの弔問客がきた。体裁だけの人もいたろうが、本当にたくさんの人が母のことを褒め死を悲しんで涙を流していた。
正直、俺は母は家に縛り付けられて、一人で何もできない人だと思いこんでいた。祖母や親父に口答えひとつせず、俺が結婚してからは、本家の法事の段取りや、しきたりや何やかやを俺や、妻に何度も言ってきたから、古いしきたりにとらわれて頭が固くなった人だと邪険に扱い、俺の仕事の関係で実家から離れたところに
転勤になってからは、1年に1度、顔を出すか出さないか程度の関係になっていた。
父親や母親の兄弟や、分家筋の年寄からは母親に感謝して大切にしなさい、と何度も注意されていた。
俺の中では田舎で、さびしい老後を一人で送る哀れな母だと思い込んでいた。

39 :名無しさん@おーぷん :2014/07/25(金)12:32:59 ID:o4Wq5pcs1
母が死んで、初七日が済んだ頃、一番上の姉から相続のことで話があると俺は呼び出された。
もちろん俺は家を継ぐつもりだった。俺の妻もそのつもりだった。
そして、俺は子どもを妻の実家に預けて、夫婦で実家に帰った。
そこには、親父の兄弟(兄、弟、妹×2)と
姉3人と、3番目の姉旦那と弁護士がいた。
まずみんなであいさつを交わすと、早々に財産の明細と分与の話になった。
財産は俺の想像しているよりかなり多くあった。
母の遺言で、親父の会社の株と親父が受け継いだ土地は、親父の兄弟に全部残されてた。
そして、母親の住んでた家は、兄弟のうちだれかほしい人がいればその人に、もし誰もいらないのなら売って現金にして4等分すること。
母親名義の株券は、姉たち3人で分けること。
預金は、俺に1億。残りは姉3人で等分に。
貴金属も姉3人で等分にということだった。
正直俺たち夫婦は、取り分が少なすぎると腹が立った。しかし、俺たち夫婦以外に異存はないようだった。
俺は思わず、親父の会社とか土地とか本家で管理してるものは俺のものじゃないかみたいなことを言った。
すると一番上の伯父に、俺は、1億円もらえただけでも感謝しろと怒鳴りつけられた。
俺は姉たちに姉たちは本当にこれでいいのかと聞いたら、一番上の姉が、「これでいい。お母さんはあんたの取り分が増えるように、ずいぶん心を砕いていた。
本家を継ぐということは、分家の人も納得できなければ成り立たないから、あんたたち夫婦に何度もやらなければいけないことを言ってきたはずだ。
でもあんたたちは少しも母の気持ちをくんでくれなかった。
おじさんたちだって、あんたたちに何度も母を大事にしろと言ってきたはずだ。
何もせずに会社や土地、そのほかのもの全部もらうなんて間違えている。
お父さんの会社や本家の土地は、ここでこの土地で暮らしている親族に任せるのが当たり前なんだ。」と言われた。

40 :名無しさん@おーぷん :2014/07/25(金)12:33:29 ID:o4Wq5pcs1
それでも俺はばあちゃんに本家の跡取りと言われて育ってきたんだということを主張した。
それでも姉たちに異存はなく、俺はどうして俺の取り分が姉たちと同等でないのか気に入らなかった。
俺は、どうしても納得がいかないと言いハンコを押さずにその日は帰った。
そしたら次の日、一番下の姉から電話があった。
そして、その週末一番下の姉と会うことになった。姉は、俺一人で来てほしいといった。
しかし、妻も俺が言いくるめられるのではないかということで、ついてくると言ってきかなかったので、夫婦で会いに行った。
姉は一番下の叔父と叔母と3人で来ていた。
ホテルで部屋を借りて話し合いをすることになった。
結論から言うと、俺は祖母が父親に用意した女の人から生まれてきたということだった。
一番下の姉が中学1年の時に祖母が連れて帰ってきたそうだ。
母は昔から地元では、頭がよく、美人で性格もいいということで祖父が非常に気に入って親父の嫁にしたらしい。
祖父があまりに母を褒めるので、祖母は母のことが気に入らなかったらしい。
そして、祖父は親父の力では、本家の維持が難しいことを最初からわかっていて、母にいろんなことを教えて
会社のこと本家のことを母に託したらしい。
しかし残念なことに母には娘しかできなかったらしく、親父は祖母の言いなりになり俺を外で作ってきたらしい。
叔父たちは反対したらしいが、結局会社や一族のことを考えると、母を外に出すという選択はできなかったらしい。
結局、俺はすでに両親の子として戸籍に入っていたこともあり、(祖母が勝手に入籍したらしい)母は、俺を育てることになったらしい。

41 :名無しさん@おーぷん :2014/07/25(金)12:33:58 ID:o4Wq5pcs1
俺は、本当に姉たちと同じように育てられていたので、今まで母の子でないとは思いもしなかった。
姉たちは、俺が家に来た日に母親の前に並んで座らせられて、「この家のものは全部、この家の跡継ぎのものになります。
たぶんそれは俺になるだろうから、一生懸命勉強して、一人で生きていけるような力をつけなさい。
この家のお金を当てにしてはいけません。」と言われたそうだ。
結局、母はその言葉通りに、跡取りになる資格のない俺には何も残さなかったし、祖父から任されたものは、俺たち兄弟には何も残さなかった。
母親が住んでいた家は母が自分の両親から受け継いだものだし、預金やそのほかのものはすべて母親が
投資で稼いだものだった。父親が残したものはほとんどなかった。
今頃俺が母の子じゃないなんて話をされても俺は混乱するだけだった。
最後に、姉は俺に、「これは、母があんたに残したものだから大事に使いなさい。
私もあんたにはいろいろ言ってきたけど、やっぱりあんたはお父さんそっくりになってしまったから、残念だけど正直縁が切れても困らない。
母は一代墓を自分で買ってそこに入るから、私たちは父の家の墓守は分家の人に任せてる。
父の法要くらいはするけど、地元を離れているので、もう父の家とは縁が薄くなると思う。
あんたも好きにしなさい。」と言われた。
叔父も叔母も、「今までずいぶんいろんなことを我慢させてしまって申し訳ない。」と姉に言っていて、姉たちの意向をくむつもりらしかった。
最後に姉は、「別に裁判をしてもかまわないけど、無駄にお金がかかるだけだと思うよ。
上2人はあんたと母は血がつながっていないし、母の法事は一番上の姉がするから、あんたは気にするなって言ってた。」
と言われた。
俺は思わず、「みんな俺のことは嫌いだったの?」と訊いてしまった。
姉は「弟としてはかわいいけど、あんまり付き合わないほうがいいんだと思う。
自分が結婚して子供ができたからこそそう思う。
上の姉たちは、母の辛いところを私よりもたくさん見てきたし、結婚してからのあんたも見てきたから
もう付き合う気はないと思うよ。お互いのために距離を置こう。」と言われた。
俺は母に愛されてると思い込んでたんだけど、今でも本当はどうだったのかなと思う。
妻は裁判をしようと言っていたけど、俺はハンコを押した。
妻は、「本当はもっともらえたはずなのに。」と今でも母の悪口を言うけど、俺はどうするべきだったのか今でもよくわからないし、ひょっとして、母や姉から憎まれていたのかもしれない
と考えると胸が苦しい。
まだ母が死んで半年ほどだけど、1年法要に合わせて姉に連絡するべきか悩んでいる。