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紅茶とお菓子について書いているほっこりブログです

俺が稼いでいるんだ

その後の父はどうなったんだろう?
・今までにあった最大の修羅場 £47

561 :名無しさん@HOME:2012/07/01(日) 16:16:06.91 0
母の離婚が私にとって一番の修羅場だった。
多分、当事者だったらエネスレとかに投下してると思うくらいの。
父は会社員で、母は看護師。
母は忙しい日々だけど充実そうな生活(勉強したり、友人と遊んだり)を送っていて、
私ともよく遊んだりしてくれる人だった。
私が熱などを出したら早退することに躊躇いなどない。
「資格もちだからどこでも雇ってもらえるから、あんたが気にする必要はないわよ」と、
自信に満ち溢れた人だった(母自慢すいません)
反対に、父はどこにでもいるような普通の父親をマイナスにした感じ。
家族サービスや私の相手を面倒くさがる。
家にいれば「たまの休日なんだから」と昼から酒を飲んで、ごろごろ。
チャンネルは当然父。理由は「俺が働いて稼いでる金で云々」。
祖父母(父方)はよく家にやってくることが多かった。
保育園に預けられていた私の送り迎えは祖父母がしてくれたり、遊んだりしてくれた。
優しい人だったが、この祖父母、母のことが嫌いだったらしく、
ちょっと母についてネチネチ言ってきたりしていた。
当時の私は陰口とかが大嫌いで、そんな祖父母が嫌いだった。
が、子供なので、なにを言っても無駄だろうとあきらめて、黙っていた。
子供視点でもこうだったので、多分当事者である母はもっとキツイ思いをしていたんじゃないかと思う。

562 :名無しさん@HOME:2012/07/01(日) 16:16:32.33 0
私が小学校にあがった頃、母が離婚を父に切り出した。
父はふぁびょったが、母の意思は固かった。
とりあえず父の拒否で、ことは収まったかのように見えたが、母はそれから態度が豹変した。
「私の方が給料高いんだから、家事ちゃんとやって」
「私の方が激務なんだから」
「私は離婚したって困らないのよ?」
「○○(私)の親権は普通に考えて、私の方にくるだろうし」
と、母は父に対して、そう言い続けた。
やがて父がそんな母に対してブチ切れた。
慰謝料とか養育費とか面会とか詳しいことは分からないが、
とりあえず私は母に引き取られて、離婚は成立した。
ちなみに母に引き取られてからは人生バラ色だった。
朝は私がごはんを作る。
すると母に「なにしてるの。○○(私)はそんなことしなくてもいいんだから」と気遣われる。
そんな気遣って、気遣われる関係が子供ながらに嬉しかった。
あと父がいない生活も、生活から汚点がのぞかれたようで、気持ちよかったので不自由はしなかった。
父のいた殺伐とした日々が修羅場だったなあとカキコ。